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夏から始まったzoomでのヨガ哲学講座。

夏から始まったzoomでのヨガ哲学講座。

2025/12/23

夏から始まったzoomでのヨガ哲学講座。
ヨガの理論書である『ヨーガスートラ』第1章/サマーディ・パーダの解説が、
年内最後の回でひと区切りを迎えました。

サマーディ(悟り)と一言で言っても、
それは特別な体験だけを指すものではありません。
日常の中でそのへんに転っていたり、
練習を積み重ねた先にある深い経験であったり、
そこにはいくつもの段階があります。

わたしはそれを
らせん階段のようなものだと感じています。
同じ場所を巡っているようで、
気づけば少し高いところから
同じ景色を見ている。

そんな感じ。

そんな講座の報告を投稿しようと
InstagramやThreadsを眺めていたら、
ふと、SNSについて思うことが
胸の奥から湧いてきました。

SNSは、自分の思うままを
発信してよい場所だと捉える人が
多いように感じます。
けれど、わたしは決してそうは思いません…

世界に向けて発信するということは、
どこから読まれても、誰が読んでも、
わたしが表現したいことが
きちんと届くように
言葉を選び、構成し、
よくよく考えるということ。

だから、そこにあるのは
ナマの声ではなく、
「デザインされた言葉」なのだと思っています。

わたしは子どもの頃、
自分のことばかり話していました。
自分の家族のこと、
昨日あった出来事、
楽しくて、嬉しくて、
みんなにも聞いてほしかった。

けれど小学校三年生か四年生の頃、
クラスのみんなが
そんなに家庭のことをぺらぺら話さないことに気づき、
急に恥ずかしくなりました。

ヨガに出会い、
万物に通じる智慧に触れたとき、
こんなにも素晴らしい発見なのに、
なぜヨガは声高に語られてこなかったのだろう、
と疑問に思いました。

ヨギは謙虚でなければならないからなのか。
それとも、語らないことそのものが智慧なのか。

マコトのココロ。
それは、パッと浮かんだ言葉をそのまま外に出すことではないのかもしれません。

ときに、声に出さず、言葉を慎む。

その沈黙の奥にこそ、
自分の本当のココロが静かに姿を現すのではないでしょうか。

サマーディもまた、
何かを「得る」体験ではなく、
余計なものがそぎ落とされた先に自然と現れるものでしょう。

最近、ヨガクラスでヨガ哲学を喋りすぎてるなと感じていたら。
そこを指摘されたのです。別々のクラスで2回も。(汗)
それから語るのを控えております。良い感じです…。

らせん階段を一段上がったような
そんな年の終わりです。

年内最後のヨガクラスは28日。
まだまだ修行中のわたしですが、瞑想クラスとヨガベーシッククラスでご一緒しましょう ^_^

『慎む』についての考察でした。
長々と読んでくださりありがとうございました。

#ヨガ哲学
#ヨーガスートラ
#サマーディ
#慎む
#PRASANTHItraditionalyoga


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