「孔雀のダンスを誰が見たか?」
2025/02/23
「孔雀のダンスを誰が見たか?」
こんなインドのことわざを題にしたドラマもあり、その影響か周りからちょこちょこ聞かれるのでテーマにしてみました。
これはインド哲学やスピリチュアルな世界に関与することわざのようで。詩的な表現になります。
「自分自身の内なる真実の体験は、誰もが見られるものではなく、深い悟りを得た者だけが知ることができる」という意味を込めています。
孔雀のダンスは美しくて神秘的(おそらく…)。でも、もし森の奥で踊っていたら、誰も見ることができませんよね。それと同じように、瞑想やヨガの深い体験や悟りの境地も、本人だけが知るもので、他者には直接伝えがたいものです。
どんなものでも経験はその本人のもの。
話に聞くだけでは他者が本当に知ることはできないのです。
なので、瞑想も日々練習。瞑想するためのヨガの練習も、自分の身体を使って行うのが大切。
私は座学でヨガ哲学講座も開いていますが、その話を聞いて、自分のヨガや日常生活に活かして欲しいとの思いがあります。
インド哲学では、至高の存在(ブラフマン)や神(シヴァ、クリシュナなど)は直接目に見えません。内面の洞察によってのみ経験されるのです。孔雀のダンスが誰にも見られないように、神との合一も外からは理解しがたい個人的な体験です。
ヒンドゥー教の神話では、孔雀は神と深い関係があります。特にクリシュナが孔雀の羽を頭に飾ることで有名です。孔雀のダンスが誰にも見られないように、神の恩寵や奇跡も純粋な心を持つ者だけが感じられるのです。
このフレーズは、ヴェーダーンタ哲学やヨガ哲学の「内なる経験」「真実の自己」「神秘的な悟り」と深く関連しています。また、仏教の禅的な問いとも共鳴し、「体験しなければ本当には分からない」という真理を示しています。
「孔雀のダンス、誰が見た?」
この言葉を深く味わうことで、人生の旅に新たな気づきが生まれるかもしれません✨
ちなみに。
ヨガ拠点のテテオニまでの道中に、孔雀がいます。多分。
2度ほど見かけました。
ちょっと離れた所でも目撃談がありますから、きっといる
ヨガしに来るときに探してみてください🦚
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この雪の日の美しい景色も孔雀のダンスのひとつ。
皆さんもたくさんご自身の孔雀のダンスを見つけてください。